ジェンダーフリーの観点から、現在私たちが楽しんでいるスポーツにどのような問題や課題があるのでしょうか? これについて冷静に見つめ直し、そこで明らかとなった問題や課題をどのように解決していったらよいのか、一緒に考えてみましょう。

文=青沼裕之(武蔵野美術大学/新日本スポーツ連盟副理事長)

「これまで男女で分けておこなう競技が一般的だったけれど、ジェンダーフリーとの関わりでどうなるのだろうか?」

「現在行われている男女混合競技について、ジェンダーフリーとの関わりでどのように考えたら良いのだろうか?」
こうした疑問は私たちが解決していかねばならない問題です。ここでは、先行研究者の見解を交えながら考えていきたいと思います。
ジェンダーフリーに逆行したスポーツ界の現状
最初の事例として、トランスジェンダー(※1)女性アスリートと性分化疾患(※2)の女性アスリートに対するワールドアスレティックス(世界陸連)の対応について概略します。
注釈
(※1)トランスジェンダー…性自認と生まれ持った性別が不合である人。近年では対象範囲を広げて、性同一性障害とせずに性別違和もしくは性別不合と訳される。
(※2)性分化疾患…染色体、性腺、または解剖学的性が非定型である先天的状態。
世界陸連は、男性として思春期を過ごしたトランスジェンダーの選手について、2023年3月31日以降は女子の世界ランキング大会への出場を認めない決定を下し、今後一年かけてトランスジェンダー選手の出場指針に関してさらに検討すると説明しました。
さらに、性発達が一般と異なる性分化疾患(DSD)の女性アスリートについても、血中テストステロン(※3)値の上限を1リットル当たり5ナノモルだった基準を同2.5ナノモルに引き下げ、その上限を超えない状態を2年間維持することが出場の条件となると説明しました。この影響を受けるDSDのアスリートは13人で、うち7人は1マイル以上のランニング種目に、6人は400メートル未満のスプリント種目に出場しているアスリートだとしています。
注釈
(※3)テストステロン…男性における主要な性ホルモンであり、筋肉の成長を促し、筋力と活力を増強する。
私たちもよく新聞等で目にする南アフリカのキャスター・セメンヤさん(2012年ロンドン五輪、2016年のリオ五輪の女子800mの金メダリスト)は、テストステロン値が高いとして2018 年以降の国際競技会の出場資格を失っています。
トップアスリートの事例では、生物学的な性では男性ですが、性自認では女性であるトランスジェンダー女性の問題と、一般にテストステロン値が高い性分化疾患の女性アスリート(性自認でも女性)の問題の2例が示されています。2つ目の事例は、生物学的な性は女性ですが、性自認は男性である男子中学生の事例です。これらの問題についてどう考えてどう解決していくべきか、が私たちの検討課題ともなります。
女性アスリートを軽視してきたスポーツ界の歴史
女性アスリート差別の歴史的事例は枚挙にいとまがないですが、重要と思われるものを紹介します。
女子サッカーの最古の記録として 1895 年に北イングランドと南イングランドによる対抗試合が記録されており、第一次世界大戦後にはイギリス国内で女子サッカーの最初の黄金時代を迎えていました。ところが、1921年12月5日のイングランド・サッカー協会の決定によって、1971年7月にこの決定が撤回されるまで、女子サッカーはイングランド国内において排除されることになったのです。
1928年のアムステルダム五輪に人見絹枝さんが出場し800mで銀メダルを獲得したことは有名ですが、女子800mは「女子には過酷すぎる」として、1932年のロス五輪から1956年のメルボルン五輪まで女子種目から除外されました。
1966年開催のヨーロッパ陸上競技選手権大会で女子アスリートにだけ性別判定検査(外性器の形状や二次性徴の外見的な特徴を目視する方法)が行われました。しかし、倫理問題が指摘されたためすぐに廃止され、1968年のメキシコ五輪からは染色体検査(Y染色体を検査し女性を偽装している可能性のある男性を見分けるための方法)が導入されました。
1964年の東京五輪女子 100mの銅メダリストで 4×100mリレーの金メダリストのエヴァ・クロブコフスカさんは、1967年のヨーロッパカップでの染色体検査の結果、女性の特徴を有していないとして、その後の競技会出場を禁止され、それまでに獲得したメダルを剥奪されました。クロブコフスカさんはその後出産し、1999年にIOCよりメダルが返還されました。
2015年にIOCはトランスジェンダー選手の出場について、男性ホルモンのテストステロン値が 12 カ月間にわたり一定以下なら、女性として競技することを認めるとするガイドラインを策定したことで、トランスジェンダー女性アスリートのローレル・ハバードさんは東京五輪の女子87キロ超級の重量挙げ代表に選出され出場を果たしましたが、好記録は残せませんでした。その後は、既述の様な現状となっています。
女性アスリートの性別確認検査に対する賛否の声
このような女性アスリートの性的差別、また性別確認検査は人権侵害だという声が人権団体から上がっています。
国際人権団体のヒューマン・ライツ・ウォッチは 2020年12月に女性陸上競技アスリート、主にグローバルサウス出身者が、「性別確認検査」規定によって人権を侵害され被害を受けていると報告しています。
これに対して、性別確認検査は「競技の公平性」を保障するために仕方ないものだという意見が女性アスリートから上がっています。
セメンヤさんの訴えを退けたスポーツ仲裁裁判所(CAS)の裁定を受けて、2020年12月1日、女子マラソン世界記録保持者のポーラ・ラドクリフさんは「CASにとって難しい決断だったが、女子スポーツを守るにはルールが必要」と話し、女子アスリートのテストステロン値を制限する国際陸連を支持しました。
ラドクリフさんはセメンヤさんのようなアスリートに同情を示しつつも、身体的に有利なのは不公平であると主張し、「誰にとってもフェアであることは不可能」だとして、「国際陸連は体をいじれと言っているのではないと思う。女子のカテゴリーで競技を望むなら、テストステロン値を下げる必要があるということ」だと語っています。
以上の相反する見解を前にして、女性アスリートの性別確認検査の可否について、どう考えてどう対応したらよいのか、が私たちにも問われる問題です。
