
スポーツにとって「遊び」の要素は大切です。でも現実には、スポーツが金儲けの餌食になっていたり、勝つことだけが目的になっていたりして、「遊びを楽しむ」という本来の目的から離れていっているように見えます。「遊び」の要素を重点にしつつ、19世紀以降の近代スポーツと21世紀の現代スポーツの違いについても、図解しながら考えてみました。
文=西條晃(「スポーツのひろば」編集長)
スポーツと遊び 過去・現在・未来
1 文化発展の源は「遊び」
「人間の文化は遊びにおいて、遊びとして、成立し、発展した」と述べたのは、ヨハン・ホイジンガであり、『ホモ・ルーデンス(遊ぶ人』という本の一節です。ホイジンガは、「スポーツを遊びの要素として抜群のもの」と認めていました。当時(ナチスが勃興する時代)の近代スポーツが遊びの領域から離れていく危険性に警鐘を鳴らしました。
私自身もスポーツにとって「遊ぶ楽しさ」=遊戯性は不可欠のものと考えてきました。メールアドレスに「ホモ・ルーデンス」を使い続けているのは、そうした信条の表われです。
2 近代スポーツの三要素
スポーツの第一の要素は、遊ぶ楽しさ=遊戯性ですが、第二の要素は身体運動=身体性であり、第三の要素は勝敗を競う競技性だと考えています。
この三つをスポーツの三要素としている学説を探してみたところ、阿部生雄『近代スポーツマンシップの誕生と成長』を見つけました。その本からベルナール・ジレの定義も知りました。ジレは「一つの運動をスポーツとして認めるために、われわれは三つの要素、即ち、遊戯、闘争、およびはげしい肉体活動を要求する」と述べています。
そこでスポーツの三要素(遊び、身体運動、競技)を三つの円で描き、円が重なるところにスポーツのカテゴリーを当てはめてみたのが、図1の近代スポーツ(19世紀から20世紀前半)です。
3 スポーツのカテゴリー
スポーツの三要素のうちの二つの要素が重なり合うところに、スポーツの三つのカテゴリーができます。

①A+B (遊び+身体運動)レジャーとしてのスポーツ
Aの遊ぶ楽しさ(=遊戯性)とBの身体運動(=身体性)が重なるところは、レジャーとしてのスポーツです。例えば、名所・旧跡巡りや散策などのウォーキング、軽いハイキングや海水浴、グループでのスキーツアーなどはレジャーとしてのスポーツと言えるでしょう。
この「遊び」に始まるレジャーとしてのスポーツは、新しいスポーツが生まれる発信源でもあります。東京五輪で採用されたスケートボードやサーフィンも、「遊び」、あるいはレジャーとしてのスポーツから始まりました。遊びは本来、自由なものであり、自由であるからこそ、創造性があるのではないでしょうか。
ただ市民スポーツとなると、レジャーとしてのスポーツから、さらに競技性の高いスポーツへ進み、三要素が重なり合う「スポーツの核心=理想」へと近づいて行きます。陸上競技や水泳、球技もレジャーとしてのスポーツの段階から、競技の領域まで広い範囲を含むことになります。
身体を使って遊ぶレジャーとしてのスポーツは、スポーツの発信元であり、市民スポーツを視野に入れると、「スポーツの核心=理想」へ向かう原点でもあると思います。
②B+C(身体運動+競技)競技スポーツ
Bの身体運動(=身体性)とC の勝敗を競う(=競技性)が重なるところは、身体運動によって勝敗を競う競技スポーツです。これにはルール(規則)があります。野蛮から文明への進化、暴力を排除するというルールによって、スポーツは文化に発展したと考えています。さらに全国的なルールの統一、国境を越えたルールの普及、またゲームに面白さを加えるなど、歴史的に変化・形成されていくのがルールの特徴ではないでしょうか。
③A+C(遊び+競技) 主に頭脳を使うゲーム
Aの遊ぶ楽しさ(=遊戯性と)C の勝敗を競う(=競技性)が重なるところは、主に頭脳を使って勝敗を競うチェスや囲碁・将棋、カードゲームなどが含まれます。
4 ゲームという言葉とスポーツの重なり
レジャーとしてのスポーツや競技スポーツは、誰もがスポーツとして認めるのに対して、主に頭脳を使う「ゲーム」のカテゴリーは、日本ではスポーツの「グレーゾーン」になっているので、説明が必要だと思います。
スポーツという言葉は、ラテン語のdeportareが語源になっていて、「気分を転じさせる」から、「気分転換・元気回復」、さらに中世フランス語になって、「気分を転じる、楽しませる、遊ぶ」という意味を持つようになったというのが、ほぼ定説になっています。つまり、欧米でのスポーツという言葉の語源をたどっていくと、日本ではスポーツのグレーゾーンに入ってしまう、チェスやトランプなどのカードゲームも「気分転換、楽しませる、遊ぶ」というスポーツの中に含まれます。

ところで英語のgameという言葉を辞書で調べてみてください。gameには、遊戯や遊びなど日本でもゲームと呼んでも違和感のないものとともに、競技・試合・勝負も含まれています。オリンピック競技大会もolympic gameです。つまりゲームには、③の頭脳を使うゲームと②の競技スポーツの両方を含んでいます。そしてスポーツは、①レジャーとしてのスポーツ、②競技スポーツ、③「ゲーム」の三つのカテゴリーを含むというのが私の考え方です。
蛇足ですが、日本で③の主に頭脳を使う「ゲーム」がグレーゾーンになってしまうのは、長い間、スポーツと体育が同じものとみなされてきたからです(日本体育協会が日本スポーツ協会と改称したのは6年前)。体育は学校で身体運動をする科目であり、遊びは短い休憩時間と放課後へ追いやられていました。日本におけるスポーツという概念は、欧米とは異なり、身体運動だけを含む狭いもの、遊びとは別物であったことに原因があるのでしょう。
5 スポーツの核心と求心性
スポーツの三要素の組み合わせによって、スポーツの三つのカテゴリーができることを説明してきましたが、A+B+C(遊び、身体運動、競技)の三要素がすべて重なる部分がスポーツの核心であり、理想になります。三つのカテゴリー(A+B、B+C、A+C)は、三要素のうち欠けている、もう一つの要素を補う方向へ、A+B+Cの三要素がすべてそろう三位一体になることを求める傾向があります。それをスポーツの求心性と表現してみました。

A+Bの身体を使って遊びを楽しむレジャーとしてのスポーツでも、上手になると競技会に出て他の選手と競ってみたいと思うことでしょう。競技で勝敗を競うようになると、なお一層、技術もパフォーマンスも上げていって、相手に勝ちたい気持ちが生まれてきます。つまりA+BはCの要素を補い、スポーツの核心へ向かう求心性があるということです。市民スポーツも、レジャーとしてのスポーツを入口にして、勝敗を競う方向へ向かう求心性を持っていると思います。
B+Cの競技スポーツでは、遊びの楽しさを求めて三位一体に近づく傾向があります。競技スポーツであっても、苦しいだけの練習漬けの日々では続けられません。400mハードルの選手だった為末大は、という本を書き、海外の選手たちは「国を背負わない」で「楽しんでやっている」ように見えた、と述べています。
かつてはこんな悲劇もありました。「オリンピックを楽しみたい」と語っていた水泳の千葉すずは、当時の水泳界の重鎮から激しい非難を受けました。しかし最近では、国際試合を「楽しみたい」と発言する選手がいても、非難されることは少なくなりました。
A+Cの主に頭脳を使うゲームも、頭脳は身体の一部であり、指や腕など身体の一部しか使わないものもありますが、健康な肉体に支えられているのは間違いありません。
6 現代スポーツへの展開
スポーツが大きな変動を遂げるのは、第二次世界大戦終結後の20世紀後半から21世紀の現代です。科学・技術の発展に伴って、スポーツも大きな変化がありました。新しい技術を利用した急速な拡大です。(図2の現代スポーツの図解)
A+Bの身体を使って遊びを楽しむレジャーとしてのスポーツでは、各種の機械・器具を使うスポーツが登場しました。例えば、近代のスキーは自分の足で山へ登って滑るスポーツでしたが、現代では、リフトやロープウェイ・ゴンドラでスタート地点へ運ばれ、ときにはヘリコプターで山頂から滑り降ります。20世紀末にはスノーボードも登場し、競技大会も開催されています。現代のスキーやスノーボードには競技大会があり、スポーツの求心性も生きています。
他に飛行機から飛び降りるスカイダイビングもあれば、圧縮空気が入ったタンクからレギュレーターで呼気を送られて、水中を自由に泳げるスキューバダイビングもあります。科学・技術の発展と ともに、レジャーとしてのスポーツは、今後も果てしなく拡大してゆくと予測されます。
B+Cの競技スポーツでは、近代には馬という動物を人間の筋肉の代わりに使って競技を行う馬術や競馬がありました。現代になると、動物ではなく、ガソリンエンジンなどの原動機を用いるモータースポーツが登場しました。フォーミュラカーのF1、耐久レースのル・マン、山岳路を走るラリーなど多様なカーレースがあり、二輪のオートバイによるレースもあります。モータースポーツ、遊びを求めて限りなく多様化していくのは、求心性の表れと思われます。
A+Cの主に頭脳を使うゲームは、コンピュータとディスプレイの発展によって、eスポーツという新しいカテゴリーが現れました。この分野は急速に拡大し、国際大会も行われています。
7 まとめ
今後も果てしない人類の欲求と科学技術の発展に伴って、流行り廃りを経ながら拡大が続くと予想されます。同時にどれほど拡大・膨張しても、スポーツである限りスポーツの理想に向かって求心性が起こることも変わらないでしょう。
しかしスポーツの発展も、気候変動など地球環境の変化を含む自然の法則を無視できません。現代は、人類が地球に大きな影響を与える時代、「人新世」と言われます。スポーツを続けるためには、平和を求めるとともに、人類と自然(=地球環境)が共存できる世界を目指してゆかねばなりません。
〈参考〉
ホイジンガ「ホモ・ルーデンス」(講談社学術文庫)2018年
阿部生雄「近代スポーツマンシップの誕生と成長」(筑波大学出版会)2009年
ベルナール・ジレ 「スポーツの歴史」(白水社)1952年
為末大『「遊ぶ」が勝ち』(中央公論新社、新装版)2020年
