なるほどスポーツ学

生涯スポーツと健康|転びにくい体にするには? 太極拳のすすめ

近年、高齢者が転倒して骨折するケースが増えているそうです。そもそも転ぶ原因は何なのでしょう? また、転びにくい体にするためには?? そんな健康に関するトピックスについて、太極拳指導で市民の健康づくりを支援している立身政信さん(元 岩手大学保健管理センター長)にお話していただきました。(2013年9月29日、新スポ連スポーツセミナーin岩手の講義より)

週に1時間以上はスポーツを楽しむ習慣を

2013年3月、厚生労働省が「健康づくりのための身体活動基準2013」を発表しました。これをみると、例えば65歳以上の方は、毎日40分どんなことでもいいから身体活動をしてくださいという内容になっています。掃除や散歩など日常生活でできることでいいので、なるべく体を動かしましょうということですね。

また、18~64歳の人は、3メッツ(図1)以上の強度の身体活動を毎日60分、そしてスポーツを1週間に1時間以上することが推奨されています。

さて、ここで言うスポーツというのは、日常の身体活動とどう違うのでしょうか?

最近は、「スポーツ=競技」というニュアンスが強くなっていますが「競技」は、英語で言うと「ゲーム」です。

つまりスポーツというのは、体を使って楽しむことです。ストレッチや太極拳なども、スポーツとして挙げられる代表的なものなんですね。そういうスポーツを週2回、30分以上楽しむ習慣を作りましょう、すでにそれができている人は今より少しでも増やしましょうということです。

体力の低下→転ぶ=危険

年齢を重ねると、どうしても体力が衰えてきます。疲れやすい(持久力)、力が入らない(筋力)、体が固くて曲がらない(柔軟性)、フラフラヨロヨロする(平衡感覚)?こうした体力の低下が起こります。その結果、転ぶことが多くなる。この「転ぶ」というのは、大変危険なことなのです。

まず、転ぶと骨が折れます。特に多いのが、脚のつけ根の骨折。大腿骨頸部骨折と言いますが、これが寝たきり状態を引き起こします。

65歳以上で寝たきり状態になる原因として多いのは、①脳卒中、②老衰、③骨折です。
高齢者の骨折の原因として、よく言われるのが骨粗鬆症。これは、骨の中身がスカスカと抜けている状態のことです。スカスカになった骨に過度の力が加わると、ぺちゃっとつぶれてしまうんですね。

骨粗鬆症の症状は、背中の痛み。それとともに背骨の前側(椎体)がつぶれて、だんだん背中が曲がってくるんですね。こういう状態になる人が、女性の高齢者に増えています。70代女性の約半分、80代では70%近くの人が骨粗鬆症であるというデータが出ています。

欧米人は骨折が多い?

実際に骨が折れる頻度については、国際的にもよく研究されています。大腿骨の骨折頻度を国別に比較したデータを見ると、日本と欧米ではまったく違うんですね(図2)。日本人は骨が折れにくいんです。

ところがカルシウムの摂取量は、古くから乳製品を摂る食文化がある欧米のほうが圧倒的に高いです。カルシウムをたくさん摂って骨密度も高い欧米人のほうが骨折している。これはなぜなのでしょうか?

ここで「転ぶのは何が原因か」について少し考えてみましょう。

日本人と欧米人のどちらがよく転んでいるか、という研究もあります。その内容をみると、明らかに欧米人のほうがよく転ぶことがわかっています。これは、皆さんイメージしてもだいたいわかるのではないでしょうか。

例えば、大相撲の外国人力士。その昔、人気を博した高見山(ハワイ出身)のように、欧米出身の力士はとても脚が長いですね。それでいて太っているから安定性がない。だから、脚を狙われるとコロッと倒れてしまうんです。

一方、日本人(あるいはアジア人)は、どっしりとしていて安定感がある。表現を変えれば脚が短いとも言えますが?(笑)。日本人は、転びにくい体型なんです。

また欧米人が転びやすい理由には、足腰が弱いことも挙げられます。日本人のほうが、足腰が強い。それは、西洋と東洋の生活スタイルの違いが影響していると考えられます。

和式と聞いて思い浮かぶものといえば、トイレですね。和式トイレは、完全にしゃがみます。洋式トイレは、イスに座る姿勢です。その毎日の運動がフルスクワットなのか、ハーフスクワットなのか、それだけでもだいぶ違いますよ(笑)。

それから、ベッドと布団の違いもあります。ベッドは、ゴロッと横になった状態からすぐ立てる。布団は、よっこらしょと体を起こさなければいけない。そして、布団をたたんで押入れに入れなければいけない。そういう日常活動から、運動量が違ってくるんです。

このように見ると洋式の場合は、生活の位置が高いですよね。足腰への負担を少なくできるようになっています。反対に和式の場合は、生活の位置が低い。中国は高いですが、韓国や東南アジアは生活の位置が低いです。こうした和式の生活が転びにくい体を作っていると思います。

太極拳のすすめ

転びにくい体をつくるには、よく歩くことです。そして、強くて柔らかい足腰と平衡感覚、これを養うためにおすすめなのは?太極拳!という話になるわけです。

太極拳をしている人に、始めてからの体の状況や変化を聞いたアンケート調査があります(図3)。腰痛の人は、太極拳を始めてどうなったかというと「治った」が25%、「少し軽くなった」が45%、「変化ない」が25%という回答でした。注目したいのは、太極拳の経験年数が長いと腰痛が治ってきたという人が多くなるんですね。

膝痛の場合は、腰痛に比べてちょっと治りにくい結果となっています。要注意なのは、「悪化した」という人。これは指導者の問題で、やり方が良くないんです。だから、太極拳の世界では指導をするための資格を作っています。特に重要なのは、「膝を痛めない姿勢」で行うための指導です。

肩こりも「良くなった」と言う人が多いですね。総合的には「体が柔らかくなった」「姿勢が良くなった」「転ばなくなった」という意見があります。

もっと素晴らしいのは、70%が「友達が増えた」ということです。これはどんな趣味でもいいことなんですが?(笑)。他には「生活に張りが出た」「風邪をひきにくくなった」「食事が美味しくなった」などの変化を感じているようです。

下腹部を引き締める

実際に太極拳を体験してみましょう。これは「伝統楊式太極拳」というもので、最近見直されている太極拳です。全部で85の動きがありますが、今回はそのなかのごく一部を紹介します。

まずは動く前の姿勢、予備勢です。脚は肩幅に、足を平行にして立ちます。これだけです(笑)。ただし、注意事項がいろいろあります。

「提襠(ティータン)」、難しい言葉ですね。「襠」とは「まち」のことです。袴には、二股に分かれた「まちあり袴」とスカート状の「まちなし袴」の2種類がありますが、その袴の仕切りの部分が「襠」。ズボンで言う股下のところです。

「提」は提灯の「ちょう」で、つまり「襠を提げて持つ」という意味になります。お尻の穴をキュッと引き上げる。そうすると、下腹部が引き締まりますよね。その状態を「提襠」と言います。膝は緩めて、太ももの筋肉はしまった感じになります。これが太極拳の奥義です。「提襠」だけでも覚えてもらえば、今日はもう十分です(笑)。

ニュートラルの状態で

最初の動きは「起勢(チーシー)」と言います。予備勢から、スーッと自然に両手を挙げ、だいたい45度を過ぎたあたりから、手のひらだけをちょっと下に向けます。ただし、手のひらを完全に真下には向けません。これは、肘を外に出さないようにするためです。肘から先の内旋・外旋の動きは、実戦で拳を使う時の重要なポイントで、強い力を生み出すことができます。また、内旋・外旋を上手に利用すると、肩の力がスーッと抜けていくんですね。

「放鬆(ファンソン)」という言葉があります。これは力を抜くことですが、英語の「リラックス」とはちょっと意味が違います。どちらかと言うと「ニュートラル」という言葉が近いですね。

太極拳は、相手と戦うための武術です。相手がどんな動きをしても対応できるようにするには、すべての筋肉が休んでいる状態にしないといけません。

今すぐに動かせる筋肉は、今休んでいる筋肉だけなんです。前にも後ろにもどうにでも動けるよ?というニュートラルの状態が「放鬆」です。

そして、両手を下ろすときに大事なことは「沈肩墜肘(チンケンツイチョウ)」。肩を沈めて肘を墜落させるということですね。

これは相手を押さえつける形です。このとき、小指の外側でギュッと押さえつけるように意識します。太極拳で使う力点は、小指の外側が多いです。

伝統を伝えること

私は、太極拳が創られたときに生きてはいませんが、その伝統を少しでも伝えていくことが大事だと思います。これは太極拳だけではなく、すべてのことに共通して言えることですね。

例えば、震災の教訓を伝えること。岩手県は多くの犠牲者が出ましたが、宮城県に比べると、かなりの人が津波から逃げています。宮城県石巻市のある小学校は、ほとんどの子どもたちが津波にのみこまれてしまった。その一方で、岩手県釜石市には、誰も犠牲にならなかった小学校があった。そういう典型的な例が他にもいっぱいあるんです。だから、「伝統を伝える」ことは非常に大事ですね。私は、太極拳の伝統を少しでも今の時代に伝えていきたいと思っています。