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日本のスポーツ指導者制度には何が足りないのか|スポーツ科学研究所のコラム

スポーツをもっと楽しむためのヒントがここに。最近の研究や現場の知見から、研究者の皆さんが注目するトピックスを紹介します。

日本のスポーツ指導者制度には何が足りないのか

2025年8月21日、日本スポーツ協会(JSPO)、日本オリンピック委員会(JOC)、日本パラリンピック委員会(IPC)は連名で「日本スポーツ指導者憲章」を公表した。憲章は、スポーツ指導における暴力・暴言の根絶を目指し、指導者の倫理的責務を明確にしたものであるが、その実効性には疑問を持たざるを得ない。

多発する部活動での暴力事件

本年夏の全国高校野球選手権大会では、広島代表・広陵高校の野球部寮内で部員間の暴力事件が発覚し、同校は大会途中で出場辞退に追い込まれた。副校長で野球部監督の中井哲之氏ら指導者が退任したが、後日、コーチによる新たな暴力事件も明らかになった。

9月には、2022年に愛知県の聖霊高校ソフトボール部で、顧問教員の暴言を苦に生徒が自殺した事件も発覚した。2013年に桜宮高校バスケットボール部で顧問の体罰や暴言が原因で、主将が自殺した事件を契機に、文部科学省やスポーツ関連団体は繰り返し暴力・暴言指導を非難する声明を出してきたが、その根絶には程遠いと言わざるをえない。

指導者優位となりやすい日本の部活

この背景には、部活動という日本特有のシステムの問題がある。部活動は学校別に組織され、生徒は少ない経済的負担で、移動なくスポーツに参加できるという利点を持つ。しかし一方で、指導者やチームに問題があったとしても、生徒は転校しないかぎり所属チームを変えることが難しく、進学や就職など、後のキャリアを考慮して問題ある指導を受け入れざるを得ない、という構造的な問題を抱えている。

つまり問題は、指導者個人の資質に加えて、指導者が優位となりやすい制度環境にもある。選手が自らの希望する競技レベルや指導環境を自由に選んだり、選手としてのキャリアをリスクにさらさずに移籍・移動できたりする仕組みを整備しない限り、暴力的指導の根絶は困難なのである。

こうした状況を変えるためには、競技団体が選手の移籍を保障するルールを整備するとともに、学校外でも自由にスポーツが続けられる社会環境を作ることが必要だ。そのためには、地域のスポーツ施設の整備・拡充が不可欠だ。文部科学省やスポーツ庁をはじめとする関係機関は、憲章制定や声明発表といった形式的・低コストの対策にとどまらず、施設整備を含む実効性の高い施策に資金を投じる覚悟が求められる。

「日本スポーツ指導者憲章」の理念は重要であるが、それだけでは根本的解決には至らない。制度改革と社会基盤の整備があってこそ、スポーツ現場から暴力・暴言をなくすことができると思われる。(スポーツ科学研究所/高知大学准教授・中村哲也)

「スポーツのひろば」2025年11月号より