
乗り物や動力を使わず「人力のみ」で日本百名山踏破という挑戦を成し遂げた田中陽希さん。前人未踏のプロジェクトを達成した鍵は、いったいどこにあるのでしょうか。今回は、「プログレス second stage」(新スポ連主催)での講演内容から抜粋して、チャレンジ精神を保つ秘訣にまつわる話を紹介します。
Profile

田中陽希(たなかようき)
プロアドベンチャーレーサー(Team EAST WIND所属)
1983年6月埼玉県生まれ。6歳の時に北海道富良野市麓郷に移住。一年の大部分を雪と共に過ごし、大学までクロスカントリースキーに没頭する。大学卒業後、アドベンチャーレースと出会い、『Team EAST WIND』で活動中。国際レースでの最高位は、2位(2012、2013、2016、2022)。2014年、「日本百名山ひと筆書き~Great Traverse~」7800kmの旅を208日と11時間で達成。その後、「日本2百名山ひと筆書き」「日本3百名山ひと筆書き」を完遂させた。
達成の鍵 その1 「原動力」を備える
「日本百名山ひと筆書き」の旅の中で一番重要なのは「原動力」です。旅をはじめる時、この原動力があるかないかでは、結果がずいぶん大きく変わってきます。
今回の旅では骨折をしたり、コロナによって停滞を余儀なくされたりとか、自分の力ではどうすることもできないことがありました。しかし、なにか大きなトラブルがあっても気持ちを途切れさせることなく続けることができたのは、原動力がしっかりと備わっていたからです。
ただし、二百名山はこの原動力がない状態でのスタートでした。なので、旅の最中でのらりくらり歩きながら辛くなればなるほど、「なんのためにやっているのだろう? 自分はなんで山に向かっているんだ?」その気持ちを毎回自問自答しながらの旅でした。
何のために?…スタート時からある明確な目的・目標設定誰のために?…自分自身のために
「誰かのために」というのも、もちろん力になりますけれども、私の場合は大きな挑戦になればなるほど「自分自身のために」まずやる。それが間接的にですけれど、人のためになっていると思っています。

「誰かのためにやらなければならない」と自分自身に責任を負わせるような感じになってしまうと、やっぱり息が詰まってしまいます。
自分が一生懸命やれば自ずと周りにもその影響が少しずつ波及していく。それぐらいでちょうどいいんじゃないかなと自分自身は思っています。
ゴールの先に?…思い描く未来
旅をするにあたって、ゴールの先に何が待っているのか、その未来をしっかり意識しながらスタートラインに立つようにしています。
何かトラブルがあったとき、自分が岐路に立つことになって迷ったとき、やっぱり立ち戻れる場所が必要です。自分は何のために旅をしているのか、目的をもう一回見直して、しっかりと初心が残っていれば立ち戻れます。
立ち戻れる場所がないと、自分が意図してない方向になびいてしまったりとか、本当は踏ん張れる時なのに踏ん張れなくなるきっかけになってしまいます。
ブレないこと!
大切なのはこれが初心となるということです。
達成の鍵 その2 「当たり前」のレベル設定
私自身、「当たり前」のレベル設定を場面場面でずいぶん下げて調節をしてきました。自然を相手にすると、自分でコントロールできないことがたくさんあります。これまで経験してきたなかで思い通りいく場面もありますし、そうでないことも多分にあります。これまで当たり前だと思ったことが通用しないとき、当たり前だと思っていたことを変えていけばいいのです。
自然や人、自分の周りを取り巻く環境に対して、「変えてください」と他力本願になるのではなく、まず自分のレベルを変える。そうすることで気持ちも変わってきます。

例えば、山に登って雨が降るのは当たり前と思っている人と、「なんで晴れ予報だったのにいきなり雨降っちゃうの?!」と思ってしまう人とでは、気持ちのゆとりに違いが出ます。
「山だから天気が急変するのは当たり前でしょ、山は予報通りにいかないことはよくあることなんだよ」と自分の中に落とし込んでいる人は、天候が急変しても登山を楽しむことができます。
一方、そのようなゆとりがなければ、せっかく時間をかけて登っても楽しめない。下山する時、口々に「残念だった」と唱えてしまうのです。私もボソッと言ってしまったことがあります。天候とは違う理由ですが、後々強く反省しました。
未経験を「当たり前」と思う
コロナ前までは当たり前ではなかった「マスクをする日常」が、今では当たり前のようになるということもまたレベル設定なのかなと思います。
ケガや挫折、つらいことや苦しいことは、登山だけでなく人生においてもスポーツにおいてもあります。
私自身も長くクロスカントリースキーを続けてきましたが、ケガもありましたし挫折もありました。予期せぬ事態もありましたし、後悔することも数多くありました。日々未経験の繰り返しです。
こういったことがあるのが当たり前なんだと自分の中でしっかりと理解することです。それを理解しないで取り組むのでは、ときには「つらい、つらい、つらい」で終わってしまいます。楽しいはずのトレーニングや試合が「つらい」だけで終わってしまったら、せっかく時間をかけてやってきたことがもったいないです。
「苦しいと思うのも当たり前なんだ」と考えれば、「その先に必ず得られるものがあるから、今はこの苦しさを我慢しよう。諦めないでしよう」という気持ちへ変わっていけます。
気持ち一つで変わるパフォーマンス
「当たり前」のレベル設定がしっかりできていると、マイナスの思考が足かせになりません。
自分が本来出せるはずのパフォーマンスが、気持ち一つで全然変わってしまうのです。「苦しい、嫌だな」と思っていると、これまで積み上げてきたものが一切発揮できずに終わってしまうことがあります。
そうすると自分から足かせを作ってしまい、言い訳の材料になります。「つらかったから」「雨が降ったから」など、なんてことないことで結果が変わり、それが言い訳になってしまうのです。
私も幼い頃から、競技生活をしていくなかで父親に言ってました。「暑かったから」「ワックスが合わなかったから」「雪が突然降ってきたから」何かにつけて成績が残らないことに対して、自分以外のことに言い訳をつけていたことが多くありました。もし戻れるなら、「中学・高校時代に戻りたいな」と思うことが時々あります。今の考え方、精神状態だったら、もっと強くなれただろうなと思っています。
達成の鍵 その3 退路を断つ
時には自分から退路を断つことも大切だと思って挑戦しています。百名山に挑戦する時は、すごいプレッシャーにおしつぶされそうになりました。
そこで、何をしたかというと、いろいろな人に言ったんです。「やりますよ! 挑戦しますよ!」と言い続けました。自分から退路を断つんですね。やらなきゃいけない状況に自分から追い込んでいくということです。ただし、退路を断つことが必ずしもすべての人にいいとは限らないですが…。

言い続けることは大切です。「やるかな、やらないかな?」と、のらりくらりではなく、「4月1日にスタートします」と、しっかり言うんです。言い続けること、そして言ったことを真剣にやることによって応援してくれる人の数もどんどん増えてきます。
達成の鍵 その4 計画はすべて自分で立てる。
計画は一から十まで全部自分で立てます。わからないことがあったら不安になりますので、スタートラインに立つ前に、頭の中で一回スタートしてゴールしているんです。わかる範囲ですべての山をイメージして、この季節ならこういうリスクがあるんじゃないか、こういった装備が必要なんじゃないかというすべて情報を整理しています。

私はこれをしないでスタートラインに立つのが嫌なんです。というのも、これがあるから応用ができるんです。
基準となるスケジュールがあれば、予期せぬトラブルがあったときに、計画通りにいけるのか、計画を少し変えなければいけないのかという判断材料になります。それがない状態だと、応用することも、判断することもできないのです。
「スポーツのひろば」2023年9月号より
